August 01, 2005

夕凪の町 桜の国

yunagi 昨日買ったマンガです。こうの史代「夕凪の街 桜の国」

2004年の手塚治虫文化賞を受賞した作品だそうです。ちなみに、大賞は浦沢直樹の「PLUTO」だったそうで。

内容ですが、「夕凪の街」は、昭和20年8月6日のヒロシマ原爆投下の日から10年後のお話。「桜の国」は、それから、さらに20年後くらいと現代のお話です。

特に悲惨な場面が描かれているという訳でもなく、かわいらしくノホホンとした絵柄で、10年後の日常が坦々と描かれていますが、裏には消すことの出来ない原爆の日の現実があるという感じで描かれています。

爆弾が投下されたことを「この世に、自分に対して“死んで欲しい”と思った人間がいるということだ」という描写には背筋がゾッとしました。確かにそういうことなのだ、と。

作者のこうの史代さんは、広島のご出身だそうですが、ご自分や親族の方が被爆者あるいは2~3世という訳ではないそうです。しかし、原爆についての教育を受けてこられたのだと思います。そういう教育を受けながらも、その話題と直面することは避けてきたのだそうです。でも、時代が流れ風化していく原爆の話を何らかの形で残そうとされたのだと思います。

この作品のように、「原爆の日よりしばらく時間がたってからの話」というのは、原爆あるいは戦争が、その日、その当時だけの話ではなくて、ずっと後にも影響を残してしまうものであるということです。そして、自分が関係ない世界と思っていても、実は、どこにでも隣り合わせである物語なのだということです。

私は、広島出身ではありませんが、隣の(上の)県の出身ですので、小学校のころ原爆についての授業を受けたり、映画を皆で見たりしました。修学旅行も広島でしたし。小学校の高学年のころ、夏の暑い日に、町中を友達と歩いていたところ、ボランティアをやっている女性の方々に呼び止められ「原爆についての映画を見て行かないか」と誘われて、見たことをハッキリ覚えています。

でも、最近はどうなのでしょうかね?それに、広島&長崎周辺付近以外の方は、どのくらいの知識があるものなのでしょうか?いや、確かに、世界が平和であることが一番であって、そういう世の中が続くことが一番です。でも、昔あった戦争についての知識は風化させてはならないと思います。二度と起こさないために。

この作品は、そういう意味でも大切なものだと思います。

私の両親は、戦前生まれなので、終戦のころの記憶はハッキリしています。昔は、戦争の話を良く聞かされました・・が、大変な苦労をしたでしょうけれども、空襲に遭った等の経験がある訳ではなく、「食べ物が無かった」等の話が中心だった気がします。「空襲に遭った」等の方々と比較すれば恵まれた方だったのでしょう。それでも、8月15日ごろにNHKでやっていた太平洋戦争についての番組で戦後孤児がテーマのラジオドラマの主題歌「鐘の鳴る丘」がかかると必ず泣いていました。中国残留孤児の放送が流れると必ず泣いていました。それは自分と隣り合わせの出来事で、「もしかしたら、あれは自分だったのかもしれない」という思いがあったのでしょう。

私もそれを見ていて、「親は、あのとき、(誰かの手によって)いなくなっていたのかもしれないのだ」→「自分は、この世に存在しなかったのかもしれないのだ」と思い、恐怖を覚えました。今でも、あの毎年聞いていた「鐘の鳴る丘」は、耳に残って離れません。

この歌は、明るい調の可愛らしい歌なので、今も、寧歩が寝るときに歌ってあげています。

寧歩や自分の子供には、私の親が体験した戦争の話を伝えていこうと思っています。

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